kimonogatari
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装いは、記憶と感情
時をつないだ着物から生まれる、あなただけの一着

着物は、時代を越えて母から娘などへと代々受け継がれてきました。
そのものを大切につないでいく気持ちを、かたちを変えて受け継いでいきたい——
「kimonogatari」は、「新たに伝えること」を歓びに変える手仕事を大切にしています。

大切にしてきた着物に、あなたにあうように手を加えて、新しい命を吹き込む。
その静かな悦びを、どうぞ想像してみてください。
そして、誇りとともに新たな衣裳を纏う。ほかならぬ、あなた自身の姿を。

わたしたちが創る一着は、なにげない日々にも、晴れの日にも、
あなたの人生に寄り添うために仕立てられます。
伝統の心を大切にしながら—— 無駄のない、ゆったりと美しくあなたに寄り添う仕立て。
それは稀少でかけがえのない布に敬意を込めた、職人の手によって蘇ります。

わたしたちの想い

伝統の心を、生かしつづけること。
そして、次の時代のかたちを紡ぐこと。

「kimonogatari」は、着物を介して受け継ぐ心の橋を架ける試みです—— 文化と文化のあいだに、世代と世代のあいだに、かつてあったものと、これから生まれるもののあいだに。そこには、ひとつの確かな想いがあります。装いは、意味や記憶、感情を宿すことができる、と。

わたしたちの使命

絹に織り込まれた物語を、日本から西洋へと届けること。あなた自身を映す一着を仕立てること。そして、すべての衣裳に魂が宿り、伝統と現在がひとつに溶けあう世界を、ともに築いていくことです。

Le Processus

あなたの着物が辿る旅

一着一着が、日本で、心を込めてつくられます。
幾人もの職人が、それぞれの技を持ち寄り、あなたの一着を生み出します。
日本の伝統にならい、「kimonogatari」は多くの手と、多くの技に支えられています。そうしてつくられた、それぞれの衣裳が、真の芸術品となるのです。

あなたの一着が辿る旅
着物の募集

着物の募集について

kimonogatariではお着物をお譲り頂ける方を募集しています。箪笥の奥に眠った着物に新たな命を吹き込み、未来へつないでいきます。

お譲りについてのご相談はこちら

ひとつの工房
三つのまなざし

Un atelier, trois regards
  • クレール <中央>

    「kimonogatari」創設者。日本語言語学と経営学を修め、デジタル人文学で博士号を取得。

    すべては、ひとつの出会いから始まった。
    1988年、ほんの短い滞在のはずだった東京での一年間が、やがて生涯を貫く一本の糸となる。
    彼女の心をとらえたのは、日々のなかで感じたひとつの価値—— 連帯だった。
    ためらうことなく彼女を家族のように迎え入れ、何よりもまず人と人との絆を教えてくれた友人たちの存在だった。

    クレールは、日本でキャリアを築いてきた。
    彼女の住まいとなった国の暮らしは、いまや二十年を超える。
    着物は、その旅路のすべてを、ひとつのものに宿すような存在になった。
    そして、自らの受け継いだものを—— 母の針仕事を、父の幾何学的な捉え方を—— 
    そこに反映するために織り込むと決めた日、着物は「創るためのもの」となった。

    2015年より、彼女は時を経た着物を西洋の装いへと生まれ変わらせている。
    あの出会いの所作を、いまも生かしつづけながら—— 
    ふたつの文化のあいだで、一枚の布とひとりの女性のあいだに、
    過ぎ去った時と、それを受け継ぐことのあいだに。

  • 洋子 <右>

    Eatable of Many Orders / EATABLE の創設者でありデザイナー。
    ロサンゼルスのOTIS College of Art and Designでファッションデザインの学士号を取得後、
    アントワープとパリでベルンハルト・ウィルヘルムのもとで研鑽を積み、バルセロナの革工房でも修業を重ねる。
    帰国後、新居幸治とともに Eatable of Many Orders / EATABLE を設立。
    東京から一時間ほどの海辺の町・熱海を拠点に、創作を続けている。

    その仕事は、素材に宿る物語を掘り起こし、
    手仕事と自然、そして現代のデザインを結びあわせる試みである。
    「kimonogatari」を通して、着物の布と日本の手仕事に、新たな可能性を見いだそうとしている。

  • 真喜子 <左>

    京都に暮らす。
    かつてファッションの世界でパタンナーとして働き、いまは独立して自らの道を歩む。
    長きにわたり、衣服づくりにかたちを与えるパタンナーとして経験を積んだのち、独立という生き方を選んだ。

    その歩みのなかで、彼女が最も大切に守りつづけたもの—— 
    それは、鋭いまなざしと、美を見極める確かな目。
    年月をかけ、手仕事のなかで静かに培われたものである。
    のちに京都芸術大学の通信教育課程を経て、芸術学部の学位を修める。
    学びの道へと再び足を踏み入れたとき、彼女が拠りどころとしたのも、そのまなざしだった。

    そこで彼女は、日本の芸術と文化への理解を深めていった。
    茶の湯は、その探求をさらに確かなものとしていった。
    日本文化の総合芸術ともいわれる茶の湯、そして着物を通して、真喜子は日本ならではの感性と、
    ものづくりの精神に出会う—— ひとつひとつの所作のうちに、心が宿る、そんな在り方に。

    いまなお彼女が求めつづけているのは、まさにそれ。
    「kimonogatari」を通して見えてきた手仕事に宿る技と心、
    人の手が生み出すものの美しさ、どこまでも日本的な感性。
    彼女は、彼女だけのまなざしで、それを見つめている。